このブログは元はメイプル(斬り賊71LV闇の覇道)のブログでしたが、最近は管理人の戯言を言うブログになっています。(画像無断転載禁止)


by sunaosi
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カテゴリ:ふと思いし事( 3 )

なんつーか、、。

どうも最近なぜだか納得いかない出来事の多い覇道です、こんばんは(ぇ
いやぁなんてぇか、、。
受験も終わってなんか3年間の終わりをただ目指すことも無く待つという感じで、、。
なぜだかゲームをしても、プラモ作ってても、悠々自適に生きていても、
なぜだかいつも満たさなれない感じで、、。
やはり、、別れの時が近いからなのでしょうか、、。
仲間といる時、その時、その瞬間が心地よい、
不思議な感じだが、現実だ、、。
いままでは学校という存在が、むしろ煙たいくらいだったのに、
今ではこんなにも切なく儚い存在なのだと気づかさせられている自分がいる。
求めるものは近くにあるのに、目指すものはいつも遠くにある、
真実は目の前にあるのに、偽りの言葉しか見えない、、。
けれど、その真実に導いてくれるのはいつも、
愛すべき友であり、また、いわいる「あたりまえ」の存在、
この日記を読んでるリアル友ならわかる、、はずだと思うが、
私がこの「あたりまえ」を題材とし書いたスピーチのこと、、
それを書き上げてから、本当にあたりまえの重要さ、
それは、いつも目の前にあって、いつも私を包んでくれていた
いつも、いつも、、いつも、、、。
そう、、あたりまえなことだ、、。
あたりまえはあたりまえだからこそ、あたりまえに、目の前にある、
だが、その「あたりまえ」がもし消えてしまったらどうだろう、、。
そこあったはずのものが無く、
あるべき事が損なわれ、
なぜだか無償に寂しくなる、、
そう、まさに、卒業とは、そのあたりまえが無くなる日だ、、
いつも一緒に笑っていた、
時にはケンカし、
時には傷つけ、つけられ、
時には一緒に涙し、
そして喜びをわかちあった、、
それらが消えてしまう、、
だが、悪いことばかりでは無い、
「等価交換」という言葉がある、
そう、人はなにかの代償を支払うことで、同等の代価を得る、というものだ
そう、友と別れれば、いずれそれと見合ったなにかが得られる、
少しつらいことではあるが、それが現実なのかもしれない、
「会うは別れのはじめ」という言葉がある、
私の体験を元に言うなれば、
「会うは別れのはじめ、しかし、別れは会うがため」
このような気がする、
しかし、やはり、たかだか15年生きてきただけの私では、
別れとは実に悲しく、寂しい、、。
できることなら、ずっと止まっていたい、、
ずっと一緒にいたいと願う、、。
だが、、現実は残酷なものだ、
月日が流れるのはごく自然なこと、いうなれば「あたりまえ」だ
その歳月の中で、今、このように書いていることすら忘れることもある、
兄と母は言っていたことだが、
学校での思い出とは
自分の最終学歴がもっとも印象が強いらしい、
たしかにそうだ、私は小学校卒業の時こそつらかったが、
中学卒業はそれ以上につらいと感じている、
そういうものなのかもしれない、
だがそれは決して、ただ若い時の経験だったから、
ではないのではないだろうか、
そう、、心に刻まれたことを忘れなければ、きっとすべてのものは等しく、
すべてが輝いているはず、、
問題は、その刻まれたことを、
常日頃思い出し、磨くか否かであると、私は思う、、。
だからこそ、、
たとえその瞬間がつらくとも、
戻りたいと願ったとしても、
歩みを止めることなく歩き続けるしかないのだと思う、
時は流れを止めず流れ続ける、
残酷だが真実であり真理だ、
日々薄れ行く過去の記憶、
だからこそ忘れないで、
あの日あの時一緒に笑い合えた日々のこと、
つらい時も一緒にがんばってきた仲間達のことを、、、。

あと一週間も無い、悔いは残したくない、また立つ鳥跡濁さずいきたいと思う
一日を一生のように生きる、
それしかない、きっと、、きっとまたいつかどこかでめぐりあえる、
あの日あの時、僕らは出会うことができたのだから、
いずれまた、、きっと、、。
忘れることなかれ、、、きっと、、忘れるなかれ、、。

(ぇーまぁ軽く情緒不安定でs((
変な戯言でしたが、まぁ気にしない程度でよろしk((
んでは!
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by sunaosi | 2006-03-01 23:41 | ふと思いし事
はい!
なんか更新率が上がってきてます!(ぇ
受験期なのにかまわず、なぜか更新が増えてます!((
えーまぁ、今回の更新は日記じゃなく、ふと思ったスィリィーーーッズ!(シリーズ)なんですが、
まぁあれですよ、受験期ってやつぁ憎いですね(ぇ
人を惑わし 人を狂わせ 人を闇に落とし 人をあざける。
これに打ち勝つには括弧たる志や、信頼できるものを持ってる人なれば超えられる、、。
勝手にそう思い、勝手にそうだと信じているだけなのかもしれない、、。
少なくとも今の自分は、この受験期によって惑わされている人のうちの一人だろう。
私だけでなく、同級生の中にも数人いる、、。
その人は、たとえば自分を見失いなにをすべきか迷い、、。
またある人は他者の受験の心配をし自分を忘れそれに迷い、、。
そして私は、なにをすべきかわからず、また頼れる人をも見出せず彷徨っている、、。
おそらくは、まだ数人いるだろう、、。
でも、きっと皆忘れているだけだと思う、元来人が持っているその願い、
そして幸せ、今という時代の中で生きている我々はそれだけで、
今という時代におぼれ、まためまぐるしく移りゆくその中で本質的な幸せを見失っている、
幸せ、、幸せとはなんだろう?、、金?地位?権力?
今のこのご時世、生きてゆくには、金、地位、権力、身分、ずる賢さ、それらを、
併せ持つものが多いように感じられる、、。
私、、だけかもしれないが、、。この世の中で大事だと思われるのはやはり、、
友、、そう、、友、友も必要ではあるが、やはりその真意としては、、。
信頼できるパートナー、、。この言葉をとらえた時、その言葉の中で感じるものは違うだろう、。
私が今信頼できるパートナーと言ったのは、、。
今このような形でこのブログに掲載するのも少しばかり気がひけてもいたのだが、、。
これもまたなんらかの運命の悪戯か、、もしくは前述した受験期、故になのか、、。
まぁとにかく、その理由は、
当時、私はなにをすべく生きているかもわからず、
ただ歩いているにすぎなかった、、。
その歩いている中で色々と学んだ、、。
いくつかの言葉が心の中で響いては消え、、それの繰り返し、、
だがその中でひとつの答えは見つかった、、。
そう、友の必要性、、。
誰しもが真意での孤独に勝てる者などそうそうはいないはずだ、、。
また、友を作るにはこちらも信頼し、また信頼される必要がある、、。
だからこそ私は総ての人を信頼しようとしていた、、
そう、、その当時は、、。
だが現実は違っていた、、。
幾度となく信頼をしてみては裏切られ、、。
ようやく心開けると思いきや、また裏切られ、、。
その連鎖の中で生きてきてしまった故なのか、、。
私はある一種の人間不信にも陥っていた、、。
そう、今現在も少なからず解消されたというには遠いかもしれない、、。
そして悟った、、人を信じられないことは悲しいことだ、
だが信頼すればするほど勝手な自分の心の中で造りあげられる相手の虚像ばかり大きくなる
でも、少なくとも、ほんの少しでも、すべての人を信頼できたとき、、
その時、ほんの少し、心が満たされた気分になった、、。
それは、、信頼するには信頼される必要があるから、、また逆もしかり。
そう心の中で、自分が信頼されたことに喜んだからだろう、、。
だが、、その中で、ようやく本気で信頼できると思えた人に、、
裏切られた時、、
深い悲しみが私をおそった、、。
憤りのない怒りを感じると同時に、心の中で「いつものことだ」と言い聞かせていた、、。
そんななんとも言えない悪夢にさいなまれている最中、
あろうことか考えてはならないことを考えてしまった、、。
こういうのもなんではあるが、、。
そのとき、我が命を絶つことを考えてしまったのだ、、。
だが、、それもまた恐怖がわいてしまった、、。
でもそんな自分に余計に嫌気がさした、、。
その時、とある人に思いのたけをぶちまけてみた、、。
その人は答えてくれた、、。
「生きろ。」
その言葉だけで十分だった、、。
なぜだかはいまだにわからないが、思いとどまることができた、、。
その時に悟った、、。
そう、人を信じ、信じられるには生きていなければ不可能であると、
私はまだこの世に生をうけまだ15年しかたっていない、
そんな浅はかなこの生命の記録で命を絶っていいはずがない、
世界には思い残して消えていく人もいるのだ、、。
そう思うと今生きている、そのことこそが本当の幸せであると気づいた、、。
そう、、元来人間というのは生きるために、生き延びるために努力をしていた。
今の人達が必要な金のために努力しているのと同じく、
生きるために努力をしているのだ、、。
また、宗教的になるが、、
人は天より天命を授かってこの世に生まれる。
その天命をまっとうせずしてこの世を去るはいかんともしがたい。
故に生きるのだ、なにがあろうと、たとえ辛くとも、、。
そう、、いずれ本当の幸せの本質が自分の心に届くその日までは、、。
生きていかねばならないのだ。
そして、生を実感できる、それこそ、信頼の中で成り立つ心、また友情ではないだろうか、
そう、つまり、今この平凡な中で生きている私達、
失いかけている幸せの本質、それを見極めるために、
もしかしたら学校、というのはあるのではないだろうか、
学校はたしかに、私に色々なことを教えてくれた、
生きる術、信頼、そしてそれを裏切られる痛み、その痛みを他者に対し
やってはいけないという精神を育ませてくれた。
まだ未熟ゆえに守れていない点はあるだろう、、。
でもいずれそんな点をも含め自分を包みこんでくれる人を見つけられたのなら、
今の私のこの心は満たされるだろう、、。
また学校というのはその包み込んでくれる人を探す、
といった意味合いでもやはり必要なのだろう、、。
そう、、世界には総てに本質がある、それを見極めるのは難しいし
それを悟ったとしても周りからすればただの偏見なのかもしれない、
だがひとつ正しいことは、、
たとえどんなことがあろうと、生きていかねばならない、
辛くとも、、辛くとも、、いずれ光が差し込むのだ、
日の出のない夜などありえないように、、
時間は進み続けている中で、、。
そう、、生きるのだ。
仲間を信じ、また信じるということを信頼し、信頼することを志とし、、、。
私は今こう誓い生きていこうと決心した(書いてる途中にそう思いました。)
そう、終わりなき日などない、、
辛くとも生きよう、そして立ち止まることなく歩き続けよう、
道をそれぬように、人道からはなれることなきように、、。
人が生きる、、そうすなわち人生、身近にあった幸せの答え、、
生きるのだ、、、。
忘れるなかれ、、
誰しもが一人ではない、、
本物の孤独にある者は少ないはずだ、、
忘れるなかれ、、忘れるなかれ、、。

えー、乱文、また読みにくい内容だったと思います、
不快に思った人はスルーで(ぇ
少々最近周りで色々とゴタゴタがあったもので、、。
心が揺らいでしまったので書きなぐりのような文になりました、、。
まぁとにかく、、、
眠いので寝ます!(ぇ
おやすみなさいませ。
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by sunaosi | 2006-01-20 00:36 | ふと思いし事

あぁ無常。

どうも、今日からこんな変なコーナーを発足させました!
ここでは嫌だったこと、
ふと思ったこと、
詩、
書きなぐり
などなど、管理人のうさはらし的なコーナーです!
それを覚悟のうえのツワモノどもよ!
そんな人にのみこの先のことを読むことをを許す!
あとリアル関係多いから、
読みたくない人はスルーで。





まぁ変な題ではありますが、、あれですよ、、。
今うちの学校でですね、、
ひとつ思っていることがあるんですよ、
まずクラスがですね、、
なんていうかまとまりが無いっていうか、
バラバラなんですよね、、。
子だけと思いきや、親もまたなんだか変なのですよ、、。
これはすべての子、また親に言えることではなく、特定の人物のみですが、(名前伏せ)
少し幼すぎる人とか、、。
うちの校長がこのようなことを言っていたと聞きました、
「うちの生徒、またその保護者も幼い面がある。」
はじめはそれは変だろ!と思いましたが、
そのあと色々親から説明をうけ、納得しました、、。
幼い、ということは、どうやら
他の学校、生徒に比べると幼い、ということのようでした、
それは危険回避能力、また
そのへんにいるヤクザ関連またそのような形相の人へ対する目つき心情、
これらの免疫が無く、
その問題に直面すると、まず恐怖が理性を遮断し、
恐怖におののきまた、それに対して行動が取れないこともある、
それゆえに問題をおこしやすく、また巻き込まれやすい、
そのようなことゆえに、幼い、そういわれている、、、
と、解釈しました(マテ
親の場合でも同じような人がいます、、
これは私の実体験なのですが、
ここで述べるのもアレですが、
とある時期、いじめられていた、またいじめらている、と感じていた時がありまして、、
そんな日々をおくっているさなか、とある事件がおきたんですよ、
(えー、まぁわかる人はわかると思うけど、
俺のふでばこ事件です{ぁ})
まぁ内容としては、
私のふでばこに対し、ある人が、
ふでばこをガンガンとロッカーにうちつけまくって、
中にあるいくつかの私の所持品を壊しまして、、。
それをなおすためだとか言うことでノリを持ってきたのですが、
無論、ノリごときでなおるわけもなく、
また、そのような形で直されたぐらいで私の怒りがおさまるはずもない、
知っていたか、知っててわざとやったかは知りませんが、
壊されたのは大事なものも含まれていました、、。
その壊れたものを直すということで持ってきたはずのノリ、、
はじめはしっかりくっつけようとしてたのか、
その割れたものにノリをつけ、くっつけようとしてたんですけど、
すでにその時点で、悪意を感じました、
必要以上の量、また不適切なやりかた、、ETC、、。
最悪なことに、なんと、そのふでばこ全体にまでそのノリを、、
べったべたになるまで塗りたくり、、結果、持つこともできないような
ノリのかたまりにしやがりました、、。
それを洗うとか言って、水でビショビショにしたうえに、
壊したことを悪びれもせず、のうのうと授業に戻りました、、、。
そのふでばこ、、、。とある友人に買ってもらい
小5からずっと使っていたものなのに、壊され、グチャグチャにされ、
洗ったところでノリが落ちるわけもなく、
さらに最悪な状況になってるにもかかわらず
さらにそのうえにまたノリを塗った、、、
どうしても許せなかった、、故に先生や親にも言い、
その相手の保護者に、その責任として、
最低でもふでばこ代は保障しろということで、
請求しようとして、その相手の保護者を呼ぼうとしたのですが、、
その相手の親は呼びかけにも応答せず、
いるというのにいないと言い張って学校には来ず、
今現在も、私に対して謝っていません、
苛立ちを覚えずにはいられませんでした、、
いまだにそのふでばこは先生が所持しています、
卒業までには謝らせるそうですが、、、。
ふでばこも折れた品々も、今は私の手元にはない、、
早く戻すためにも謝って欲しい、、けど謝りにこない、、
っとまぁ、ちょっとあつく、また乱文を申し訳ございません。
このような親もいるのです、、。
そう、これがおそらくは、校長の言っていた、
親の幼さでしょう、
またもうひとつ、
携帯の件で色々とゴタゴタしている我が学校ですが、
この意見が多種多様すぎるのです、
基本的に中学校へは携帯の持込は原則として禁止となっています、
私も携帯は持っていますが、学校へは持っていっていません(持っていかせてくれないのです親が、、。)
でも、このように携帯を持っているのに学校へは持ってかない、
という人は私が知ってる中ではいません。
皆持ってきているのです。
その中で多様な問題が発生し、またそれが派生し、、と
色々と問題を引き起こしている、にもかかわらず
親は子への規制もかけず、持ち歩かせているのです。
このことに対して、先生は
「携帯は普通は学校へは持ってきてはいけないものだ、
しかし、親と学校への申告があり、それが承諾されれば持ってきていい」
と、いいました、
しかし校長は「中学校へは携帯の持込は絶対にいけません」
と言っています、
この時点ですでにおかしい!、そうなのです、
先生達は言葉では「話し合ってる」
「考えている」といっていますが、
ならなぜこの意見の食い違いがあるのか?
それが疑問でなりません、
また親も、
1:断固携帯の学校への持込を禁止する!という親と(うちの親、、orz)
1:別に持って行きたいと言っているのだから持たせていいじゃないですか。
という親の二通りで分かれています、、
2の親、これも親の甘さ、また幼さに区分されると思います。
そして、このような問題、
少なくとも私の兄の代ではその時の生徒会長と少なからず話しをしていました。
そう、それは、生徒会長、という看板は決して軽い気持ちで背負っていいものでなく、
その学校での代表、そう、学校の顔ともいうべき存在なのです!
ですが、そのような関係は我が学年よりおかしくなってきていると私は思っています。
このようなことを言うのは少しおかしいとは思いますが、、。
我が代での副会長、とある人物が請け負ったのですが、、
私はその副会長が不適切であるとかんじていました、、。
ですが、その時より段々と、その生徒会役員選挙、というのが
ある一種の祭りのようなことになってきていると思うのです、
あの人にやらせたほうがおもしろいからとか、
あの人にやらせないとあとでなんていわれるかわからないから、、とか
そんな考えで受け、また投票している人のほうが多い気がします。
今の3年では、後々のことを考えず、今年で最後だから誰になろうと関係ない、
そんな考えでおもしろそうな人に入れている人が多い気がしました、、。
私は、、現会長に投票したのですが、
その時はその人の熱意を聞いて、やらせたらいいんじゃないかと思い、票を投じました、
そう、、これも今考えてみると、
前述したような、すなわち、過ちと言えるでしょう、
(今の発言で、不快に思われた人もいるでしょう、
そのかたがた、申し訳ございません、ですが飽く迄も私の心の中の見解ですので、
ご了承をお願いします。)
なぜなら、、この会長、そして、
それを取り巻く生徒会役員の人々、
その中で会長と副会長は学校の顔となるべく活動をし
それにふさわしき言動をすべき!そう思っています、
そしてまた、その時はそのような言動をしてくれるものだとばかり思ってしまっていました。
ですが現実は違っていました、
問題を起こし、会長、また副会長と思えないような言動、
学校の顔として引っ張っていかせるのはまずいのではないかという
不安にさいなまれています、、
このことについては深く考えているのは私だけかもしれませんが、、
どうしてもそのことが不安でして、、。
まぁ、、少し長く書きすぎたので
この辺で終わりとさせていただきます、、。
結論から言いますと、
私のクラス、まだ学校は問題が多すぎる!以上!(マテ
ではそういうことで!
(不快に思われた方、すみませんでした)
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by sunaosi | 2005-12-01 21:32 | ふと思いし事